相馬・坂本。さあいよいよオール新キャラ新ルートですよ。この二人は本編ルートでの重なり(斎藤ルートでヴィランになる風間、色々裏表な平助/山南)はないけど、他ルートで「江戸からの付き合いがある男性陣の人間関係に馴染んでいく」と大なり小なり引け目的なものがある千鶴が、京から一対一で築いた関係なので、また違った一面が見られる、という共通点があるんですね。風間は「鬼」というド重い文脈が前提になるのでこれはまた違う話。
〇相馬編
千鶴の一押し発言「そもそも、帰ってこないお二人が悪いんだから」
めっちゃ…言うやん…SUKI…。
うん正論。相馬は付き合いが短いからこそ理詰めで慮る人。永倉は意味もなく伊東の誘いに乗らない、というのを本人にぶつけるところの頼もしさへの感動は心底千鶴とシンクロニシティ。でもさすがに3日経つとその思慮深さもちょっと悪い想像に向いてましたねぐーるぐる。そこできっちり「そもそも」を指摘して軌道修正できるのはさすがの度胸。「守るべき存在」という意味合いが強い千鶴ですがこうして「先輩」ができる、日々の経験が彼女の糧になっているんだなあ。こういう独自の立ち位置をすっかり確立しているところがいいんですよね。
あとは「お酒ならこっそり用意します」にもしなやかな強かさ、もう籠の鳥ではないんだよというのが自然と分かって好きです。はあーここ、ここほんとほーこ様ボイスで聴きたい。この絶妙な踏み込み具合、鋭さを味わいたい。
〇坂本編
ニューパターン叩き込まれるボディーブロー。
こ、こういう軟派だけど冷静に物事見てる系への距離感そもそも陣営が違うことへのいいのか感いやシンプルにここまで恋愛押してくることへのお、おおう感がすごい…!!!いやわかってます。坂本龍馬とはこういうパブリックイメージだと。「軟派」も「冷静」も要素抜き出せばヒヲウの才谷さ巻き込み箇条書きローリングマジックやめなさい。
千鶴が基本的に気遣いゲージを上げないのが目を見張るほど新鮮。坂本の態度が余裕綽々で、さらに隙あらば口説きをねじ込んでくるからですが、それも本心でありましょうが、「気安くあってほしい」という坂本なりの距離感の詰め方のおかげ。詰めるっつーか密着状態だけど。逆に千鶴も照れてないのよ、あーもう聴いてみたいですねえ掛け合い…。千鶴パートで無音になられるとズッコケるんですわあ…。聴くことによって腹落ちするんですわ坂本と言う概念が…。
〇おまけ
冷や汗三木三郎…おまえ…!!!
やっぱり普段悪ぶ…ぶってるわけでもなくて素で態度が悪いんだけど…な人が常識的な面を見せるとこはいいですね。親しみが持てる。しかも「酒癖が悪い」評判でこれですからね、口調の割に心底参っとる。あと斎藤からのコメント「「相変わらず」似合っている」なのは確かにね、これはいいですね。よきですね。にくい男だねまったく。
<味わいメディアミックス>
1.無数の島原正月
色々と触れられてて、まずはTV版9話OP直後。そもそも飲みに行ったことが内密!「しこたま飲み食いさせてもらった」永倉のいたずらっぽいしたたかさ、原田が素で驚いてるのもあーこういう腹芸できんタイプだったね、な天雲とかみ合う描写が感慨深い。さらに「接待」「引き抜き」というワードが飛び交う時点で試衛館組と伊東派との対立というか断絶がもう決定的であるのがわかりやすい描写ですね。馴染んで無ーい!!!
また雪華録特典CD「慶応二年の終わりに」でも「年明けは伊東さんと飲みに行くことになってる」と斎藤・永倉で話がついてます。ただ全体の流れはお正月なにしよか~初詣どこいこか~な展開で自粛のじの字もない。かるぅい!!!!今回天雲での閉塞感が迫ってくるのはやっぱり作り手にも受け手にもコロナ禍という実体験があるからこそでしょうか。昭和から平成、というのも遠くになりにけりですからね。
2.中立性
幕末~明治って「この国としてどうあるべきか、自分はどう貢献するべきか」という目線が色濃く出てくる時代。相馬は「最終的に生き残って新政府との間で始末をつける」坂本は「非幕府側改革側」役を担うという「外側」の要素が強い。このエピソードも「天子様の崩御にあたっての正月」という新選組外部由来の事件をどう乗り越えるかという落とし込みがされてました。
一方で、新将軍の立場や考え、情勢の意味を問う千鶴の素直でフラットな姿勢は、薄桜鬼がアニメ含めて今までそういう視点は徹底的に除いて個々人の生き方にフォーカスしてたからこそ、スッとプレイヤーに入ってくるわけです。特に劇場版では雪村家を滅ぼすよう働きかけた陣営を、討幕派から幕府にする、という大幅な設定の変更がありました。新選組が旧幕府軍であることは当然動かせないので、この変更によって完全に「政治的な事情や思想とは関係ないところにある物語である」ということが明確になったなと思います。
(25年12月追記)
新選組界隈が某所でファイヤーしてたんですが、彼らに関する史実記録政治的意義はさておき、令和も7年の終わりを迎えようとしている今、「生まれと作法を重んじ、刀を抜くことは恥なのが武士」という発言が、最上級武士(かつ新選組の使用者)の系譜に連なる…と最近自覚されたという方から出る…という事実にはビックリですね。ではこの時代に彼らが浴びてきた視線がどのようなものだったか、それは想像に難くない。翻ってフィクションである薄桜鬼でも、モブ(池田屋とか、雪華録原田編の検問とか)の高圧的なイヤーな態度、あれってふーんおなじみ味方系の悪ムーブだなーと思ってたですが…うん、リアリティあったんやな。政治・立場的には味方だからこそめんどくせーというか…でもあの人たちだって実働部隊ですから、「使われる責任」があった立場ゆえに手柄に対して刺々しいのもさもありなん…うーん、まだまだ味が出る。