ちょっとシリアスな話

わが城には楽しいことだけをと思ってたんですが、オケコンで改めて夜叉姫に向き合って、自分が犬夜叉というコンテンツに抱いている葛藤、とりあえず今時点の感情をここで文書にしておこうと思いました。

まずワイの殺生丸一行へのスタンスを。

「殺生丸かっこいいよね、邪見さまとりんちゃんを大事にしてるところもなんか癒されるよね。神楽との交流も美しいし、兄弟と父親への葛藤も乗り越えて成長したよねえ」

これは真実なんですが、まあ厄介なことに、殺生丸のこういう挫折を乗り越えた成長が目に見えて描かれ始めるのって、瘴気の傷、桔梗の死、琥珀が殺生丸一行に加入してから。つまりワイ、珊瑚推しとしては「命を懸けて助けたい弟には避けられるわ、許嫁はいつも瀕死だわ」な時期で、犬一行にはその問題自体を解決する手立てがなく、ただ彼女自身が心の整理をある程度つけるのを見守るしかない期間でした。それもあんまり描写されず…さらに二人がインフレに置いて行かれ気味だったのもあり(シンプルに生まれ持っての適性がない)、基本ピンチに陥っては犬かごの助けを待つしかない状況も多く。このフラストレーションもあり「あーいいよな殺生丸一行は伸びしろあって盛り上がって、琥珀くんも元気そうで」というひねくれた見方が私の中でありました。

最終的に姉弟は「大切だからこそ逃げる」「それを見守る」から、「まだ間に合う」とお互いに手を伸ばしあい、途中で奈落を1/2にしたりとバトル的な見せ場もあってだったのですが、ミロサンがね…。珊瑚は弥勒の父の死を見せられたことで、「りんを巻き添えにしてでも弥勒を助ける」という選択をしてしまった。これ自体は私「そりゃ珊瑚ちゃんはそういう判断になるだろうなあ」と当時から考えているのですが、それが「人間の弱さ、愚かさ」の象徴のように扱われてしまったのがね。で、原作者からも「珊瑚は心が弱い」というのがインタビューで語られたので(そのあとに「ああいう状況なので仕方ない」とも続いたのですが)、扱いが「状況抜きにして、そういうキャラ」として確定してしまった…「子供のころからの、大好きな大好きな、最愛の、憧れの、強くてかっこいいお姉さんが、選択肢を極限まで奪われて尊厳を壊されてしまった救われる存在になってしまった」ことに、ものすごく深い落胆を覚えました。もちろん殺生丸なりに彼女を許してるのは読み取れますが明確に言語化されたことではないし(ここアニメでは「法師もそこにいる」とあえて声をかけ、わかりやすくなってる)、当時の私には「なんか器が大きくなった殺生丸の当て馬にされたような」という我ながら呆れるほど卑屈な見方を抱えたまま、最終回を迎えました。作中で珊瑚が弟と弥勒と、奈落に二重で命を握られ苦しんでいるのにそれを「理不尽だ」とは指摘してくれなかった反発もあり…不幸比べは品がないとわかっていてもさすがにこの状況で「弱い人間」という評価を確定させるのはなくないかと…。珊瑚もそれを受け入れてしまうから。最後に彼女は幸せになってくれましたが、それでも私は自分の落胆を癒すことはできず。…実はあれ以降、RINNE以降の高橋先生の新作、読めないんですよ。怖くて。というか、連載中の作品にはまること自体を避けるようになってるんですよね…。

まあほんと、間が悪かった。珊瑚がそういう立ち位置(そもそものコンセプトが「かごめの友人」兼「奈落の被害者」だったのである意味それが正しいんだけど)に向かう一方で殺生丸たちはその余裕が損なわれることなく物語の推進役になっていったことへの羨望。それが夜叉姫の設定、とくにせつなの「妖怪退治屋」という設定にすさまじい引っ掛かりを覚えさせました。連載どころか完結編からもなお10年たっているのに、「君が誰の子でもいいが珊瑚ちゃんの設定を、強さを、父譲りの強さとやらで奪わないでくれもう殺生丸の娘というだけでブランドなんだから」というもう、理屈じゃない反発がすごくて。あと雲母をやたら乗り回すのもやめてくれと…珊瑚ちゃんの相棒なんだよと…。そもそも殺生丸・りん夫婦・娘たちが映るたびに最終戦の記憶がちらついてつらいのよ…今はだいぶ緩和されたけど…。

とりとめのない文章になってしまいましたが、私にとって、夜叉姫のストーリーラインとかそれ以前に、犬夜叉というコンテンツ…殺生丸というキャラクター周り自体に「好き、懐かしい」以外の感情がそれなりにあって、「冷静に楽しむ適性がなかった」と言わざるを得ないんですな。結局。

まあファンアートまで描いてアップして何言ってんだということなんですが。