鬼の名前に「千」を入れる。薄桜鬼ではおなじみの法則ですが、十鬼すごい。やりきった。都合12名、漢字の部位も含めて「千」を入れ込む匠の技。しかもみんな字面も響きも美しい。見てて何となく思ったことがあるので書いて行きます。「千」にこんなに読み方があるなんて知らんかったですわ…。
・世代の好みが垣間見える
おじいちゃん3人(単位はこれでいいのかわかんないけどまあ)は全員「千」をあえて見せない仕様。千羽様世代以下は「千」を出すのが主流。出してない方々は「実家では上の世代から色々言われてきた」ことをうかがわせるセリフがそれぞれあったと思うのですよね。ルートによって過去が違う方もいるけど。特に秦さんは「里の爺様が」的なそういう記憶が。はいここ答え合わせポイントです。
鬼の世代サイクルは明かされませんでしたが「八瀬姫の名前でそれ以降の傾向が決まる」みたいなゆるーい慣行があったら嬉しい。ワイが。たけちゃんと千羽様の年齢順って明らかでしたっけ。一方で上の世代の影響力が強い系のお家は名づけにもお爺ちゃんの好みが反映される傾向があるとか、そういう関係性を垣間見たい。それにしても「ゆきな」は「ははあなるほどこれは美しい」でしたね。そういう見せ方もありなのか。とりあえず、「千」がしっかり見えるか・見えないかはあくまで個性であって上下とイコールではない説をワイは取ります。関係を匂わせる場合もあるけどそれは経緯や文脈次第ということで。一つの家の中でも、序列がなさそうなきょうだいが使い分けていたり、序列があるはずのきょうだいが同じパターンだったりしますから。
そもそも鬼は数がいないし他の里ともあまり交流がない分相互に目が届きやすいので、「一定条件を満たして生まれた子は跡取りの資格在りで育てる方針で、名づけの段階では「誰が一族の中で正当か」を区別する意識がない」のかもですね。基本は長生きだから急いで次世代を選んで教育する焦りもないし、一族の中なら誰が誰の子か一目でわかるし、で次代が決まれば「惣領」「小館」「刀自」みたいに呼ばれるようになる…というのを妄想するのは!楽しい!ですねえ!
・綱道お父ちゃんのメンタル妄想
幕末3大迷惑お父ちゃんの一角雪村綱道さんですが、千鶴ちゃんの「名前を奪う」ことはしなかったのは優しさか、合理性か、めんどうだったのか。それとも皮肉か。無限の可能性がある人ですが「本家の娘」であることに一定の価値を見ているのはおおよそ共通………共通でええやろ……なので、そこから踏み込んで悪者ルートの時も「千」に対する敬意のような、侵しがたいものがある、という意識だったら滾る。蔑ろにしているつもりでも、乗り越えたつもりでも、刻みついた価値観がある、というのは業と歴史の重みを感じさせてとてもいい。十鬼本編でもあれやこれやありましたが、これは「非常事態かつそもそもの立場が同格(あるいはやや下)」だからこそのイベントだったんじゃないかね~。
そういう方向で考えると、薫くんは南雲家でちゃんと名前で呼ばれてたんでしょうかすげー不安になるんですけど。「南雲」を名乗り続けてるのは土佐との繋がりを利用するためで、けれど「薫」という名前は「やっと取り戻したもの」だったらどないしょう…OVAの「私は雪村ではありませんよ」に頭を抱えた人握手。ぎゅっ。幼少期の名前は間違いなく「薫」ですからね、どういう気持ちでずっと覚えていたのか…。
・「耶」の字
「かずや」はスッと入ってくる音ですが、「耶」はどういう意図でこういう字にしたのか。福島に「耶麻郡」という地名(というか区分)があるので、親御さんはそこから取った設定があると嬉しいなあと思ってました。そこで生まれたとか。という妄想を十数年温めてましたが「有耶無耶の関」という地名があるんですね!滾りますね!!!!ちなみに初見では「那」だと思った。目が滑る海峡冬景色。
・「雪奈」の字
名前から「冬生まれかな?」と思わせる雪奈ちゃん。でも作中出てくる彼女のお誕生日は少なくとも雪ではないのです。なんとなくだが秋の気配(多分回想でセピア色だから)。ではなんで、というのをもうちょっとじわ…じわ…と見れたらいっそう刺さってたな~!解放ルートでのみ明かされる真相からしか得られない栄養があります。
・「千」縛りの歴史上の人物
宇都宮の百目鬼退治で知られる藤原秀郷は子供がみなさん「千」から始まるようです。こちらの子孫が九郎判官の郎党佐藤兄弟というのはむふ…ですわ(平泉大好き民)。推しの名前が出るだけで嬉しい。ちなみにワイはあえて音読みにするの好きです京極夏彦の「ヒトごろし」では「とくがわ」でなくて「とくせん」てルビなんですよ好き。